世界的な童話の真実 失踪した130人の子供

世界的な童話の真実 失踪した130人の子供

ハーメルンの笛吹き男
この童話、真実から生まれたお話だったことはご存じですか?
本当にあった事件とは?
今も語られ続ける謎とは?

ハーメルンの笛吹き男

ドイツにあるハーメルンという町を舞台にした、ちょっと奇妙な物語です

1284年のある日、ハーメルンではネズミがたくさん増えて
人々は困り果てていました

そこにふらりと現れた旅の男
男は色とりどりの服を着ていて、不思議な雰囲気を醸し出していました

男は「金をもらえるなら、ネズミを退治してみせよう」といい

困っていた町の人は、男にお金を払うと約束
ネズミ退治をお願いしました

男は笛を取り出し、吹いて見せました
するとネズミは笛の音に誘われ、男に付いていきました

笛吹き男はネズミたちを川に連れて行くと、一匹残らず溺れ死にさせまし

しかし、町の人は「お前は笛を吹いただけ」だといい、お金を払いません

笛吹き男は怒って姿を消しました

その後、町に鳴り響く笛の音

その音に誘われ、町じゅうの子供が出てきました
その数130人

再び現れた笛吹き男は子供たちを町の外へ連れて行くと
山へ向かい、姿を消してしまいました

親たちは嘆き悲しみましたが、子供は二度と帰ってきませんでした

このお話、童話で有名なグリム兄弟の「ドイツ伝説集」に収められた物語です

この伝説、実は本当に起きた事件が元になっています

実際に、130人もの子供たちが忽然と消えたというものでした

ドイツ北部 人口5万人の町ハーメルン

この町には、子供失踪事件の傷跡が数多く残されています

舞楽禁制通り

子供たちが笛の音に誘われ、姿を消したと言われている道です
700年以上経った今でもダンスや音楽は禁じられています

ハーメルン市の資料館には15世紀から記録されている「法書」という名の公式文書が保管されており
当時の法律や取引について書かれています
その中では年代について、子供たちの失踪から○○年といった書かれ方をしています

失踪事件から年代を数え直す程のの大きな事件だったことが伺い知れます

よそ者がハーメルンに来て、130人もの子供たちを連れ去ったことは
多数の歴史的文書で裏付けられた事実とされています

1936年、謎を解き明かす決定的な文書が北ドイツで発見されました

「リューネブルクの手書本」
事件からおよそ150年後に修道士によって書かれたもので
文書資料としては最も古いものとされています

そこには、1284年の「ヨハネとパウロ」の日の出来事である

30歳くらいの若い男が橋を渡り町に入ってきた

男は奇妙な形の銀の笛を持ち、町じゅうに吹き鳴らした

すると笛の音を聞いた子供たち130人は男に従って処刑場のあたりまで行き
そこで姿を消してしまった

とあります

童話上のネズミの話はなく、処刑場で姿を消したと死を暗示させる書き方をされています

実際、失踪の原因については、子供たちが死んだとする説が多く

戦争に駆り出され、戦死したという説

城の外で野獣に襲われた説

死ぬまで踊り続けるとされた舞踏病説

ネズミを媒介して広まった黒死病・・・ペスト説

どの説においても共通するのは、城壁に守られた町の外で起こる
身近な死というものを恐れていたということです

ハーメルンの中心にあるマルクト教会

ここに「処刑場」の謎を解くヒントがありました

かつて飾られていたステンドグラスを16世紀に模写した絵があります

こちらにはカラフルな服の笛吹き男
ハーメルンの城壁、連れていかれる子供たち
それが向かう先には処刑台が書かれていました

そして、処刑台の横に描かれている黒い裂け目
子供たちが連れていかれ消えたとされている場所です

ハーメルンの隣町、コッペンブリュッゲにあるイート山
ここに「悪魔のキッチン」と呼ばれる元洞窟があります
後述する説ではここで事件があったとされています

多くの説

古代神信仰説

子供たちが消えたとされる洞窟「悪魔のキッチン」
そこの山は古代信仰の祭事を行う、聖なる場所でした
隣町、コッペンブリュッゲの領主はキリスト教信者であり
古代神信仰者を排除するため
悪魔のキッチンに集まり祭事を行っていた子供たちを、洞窟を崩し生き埋めにしたといいます

異端審問説

当時、キリスト教の異端審問官により、町が追及されるのを逃れるため
ハーメルンの大人たちが子供を自ら殺し、それを隠蔽するため
この童話をでっち上げたといいます

東方移民説

中世ヨーロッパで主流だった城郭都市
中では安全を保障されているとはいえ、限られた人口しか居住できません
その為、人口が増えると長男以外は町を出ていかざるを得ません
笛吹き男の正体はロカトールと呼ばれる移民請負人だったとされ
多くの子供たちを移民させていたといいます

現実にハーメルンの名を冠した、または似せた名前の町も周辺にあり
ドイツ全体を見渡しても、同じ名前の町が点在しており
他の城郭都市においても同様の事が行われていたと予想されます

しかし、どの説においても完全に解明されている訳ではなく
謎や辻褄が合わない部分が残っているようです

130人もの子供が1日で行方不明になっているにも関わらず、その事実が他の地域に漏れていない

移民という政策、十字軍への派兵等の説にしても、当時、他の地域でも行われていた事柄であり
しっかりと記録が残っているようです
しかし、ハーメルンでのみ記録が残っていないという事も不自然とされています

苦しい中世ヨーロッパ事情

一方、事実として多くの子供を失ったハーメルンの大人たちも苦悩していたようです

かつての城門には、この事件はマグス(魔王)の仕業であったと刻印されていました

当時の人たちは子供は悪魔に連れ去られたと思い込む事で、この逃れられない苦しい事情から
逃れようとしていたと見られます

ハーメルンの笛吹き男
この物語には中世ドイツの人々に起こった
つらく厳しい現実が詰め込まれているのでしょう

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